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翼の父登場 ①

Author: 紅城真琴
last update Last Updated: 2025-04-24 23:00:32

公の辞令交付後も、私の生活にこれといった変化はなかった。

週に1度のうちの病院での勤務もそのままで、週末には必ず私の部屋にやってくるし、一時聞こえてきた退職の噂も耳にすることはなくなった。

そもそも、公はいい加減に仕事を投げ出せる人間じゃない。

あの堅物が、自分を頼ってくる患者さんを投げ出して辞めるなんてありえないと思う。

「山形先生、お願いします」

キョロキョロと辺りを見渡す私に、看護師から声がかかった。

その日、たまたま呼ばれた救急外来。

患者はけいれんを起こした男の子で、救急車で搬送されたときには症状も落ち着いていてすぐに回復した。

「もう、大丈夫ですね」

白衣を着た私が言うと、付き添ってきた母親は安堵の顔を見せた。

大事に至らなくて良かったとカルテ記載をしていると、

「アレー、福井先生」

救命部長の驚いた声がした。

見ると、割腹のいい中年男性が一人、救急外来へ入ってきたところだった。

親しげな様子から救命部長の知り合いみたいだけれど、誰だろう?

「誰?」

私は近くの看護師に聞いてみた。

「さあぁ?近くで起きた車同士の接触事故での受診だそうですよ」

「へー」

随分、元気そうね。

「福井先生、大丈夫ですか?」

え?今度は副院長が現れた。

どうやら相当のVIPみたい。

「何者ですか?」

さすがに気になって、先輩医師に声をかけた。

「東欧大の学長だって」

「学長?」

「ああ。それに、日本医師会の重鎮らしい」

へー。

私にとっては雲の上の人ってことね。

***

あれ?

いつもだったらみんなの話に入ってくる翼が、コソコソしてる。

「どうしたの?」

珍しく挙動不審な翼に私は近づき声を掛けた。

「別に」といいながらも、不機嫌そうな顔。

その上背を向けて、出て行こうとする。

何かがおかしいと思って
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    ん、んんー。まぶしい。それに、頭が痛い。え?えっと・・・ここは自宅の・・リビング。そうか、昨日は翼と飲みに出たんだった。うーん。窓からの朝日が・・・溶けてしまいそう。それに、リビングのソファーで寝たせいか体が痛い。「おーい、大丈夫か?」階段下から翼の声。「ぅーん、頭が痛い」「紅羽ー、8時過ぎてるぞー」え。ええ。ヤバイ、遅刻する。急がないと。体を起こし、顔を洗って、化粧は向こうに着いてからでもいいから。カバンに携帯と財布、後は・・・ハンカチ。それだけあればとりあえず大丈夫。ん?携帯に着信。それも十件以上。すべて公から。どうしたんだろう。***ブブブ。また公からの着信。「もしもーし」『お前、今どこ?』抑揚のない公の声。機嫌は良くないみたいね。「どこって、家よ」『自分の部屋?』「当たり前でしょ」他にどこがあるのよ。もー、この忙しいときに何なの。『昨日、何時に帰った?』「えーっと」覚えてない。と言えば、怒るね。『お前さあ、もう少し慎重に行動しろ。酔っ払ってどうやって帰ったかの記憶もないなんて、最悪だぞ』いきなり説教に自分の体調の悪さも手伝って、朝からプチンと切れてしまった。「何で?たまに飲みに出ただけでしょ。悪いの?」『ああ悪い。どこで誰が見ているかわからないんだから。自制しろ』はー、意味がわからない。自分は好きなことしてるくせに。あっ、やだ、もう8時半。「とにかく、昨日は翼と飲みに出ました。着信に気づかなかったのはごめんなさい。でも、公が何を怒っているのかわからない」『お前・・・』

  • 強情♀と仮面♂の曖昧な関係   弾みで別れられる関係 ③

    その日の夕方。ちょうど帰ろうかと思ったタイミングで、翼からのメッセージが届いた。「飯行くか?」私は迷うことなく了解のスタンプを返した。色々言いながら、それでも気にかけてくれる翼が本当にありがたい。軟派なくせに良い奴なんだから。「オー、紅羽」病院を出ようと通用口まで来たところで、私に向かって手を振る翼が見えた。随分目立つことするじゃないかと思っていると、チラチラと感じる周囲からの視線。ん?遠くの方で、ジーッとこちらを見ている女の子。ああ、そういうことか。結局また、翼の女の子避けに利用されてしまったらしい。仕方ないから、今日はたくさん食べさせていただきましょう。***向かったのはいつもの大衆居酒屋。炭水化物嫌いな私にとって、食べられるメニュ-の多い幸せな夕食。その相手が気兼ねない翼なら文句はない。さー、食べるぞ。まずはビールで乾杯して、唐揚げ、サラダ、肉じゃがと、串揚げも。結構高カロリーに頼んでしまった。「お前って、本当わかりやすいよな」「何が?」「食欲がストレスと比例してる」「どういう意味?」「イライラしてるときは高カロリーな物を欲しがるし、そうでないときは割とあっさりした物を注文する。誰が見てもわかるよ」それは、えっと・・・単純だと言われているんだよね。「悪かったわね」良くも悪くも私の性格を知り尽くしいる翼に、今更何を隠すつもりもないけれど、この上から目線にはカチンとくる。そりゃあ、翼は欠点のない完璧王子ですものね。「で、お前はどうするの?」「何よ、いきなり」「3ヶ月の出張が終わったら、旦那に異動の辞令が出るぞ」そりゃあ、そうよね。それ前提での長期出張でしょうから。「ついて行かないのか?」「そんなの、行けるわけない」翼だって分ってるはず。

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